どこも雇ってくれへんのやったら、自分でやらんとしゃーないなー


●フリーターは一生貧乏

 近年は不景気のあおり、効率化の加速で企業の求人が正社員よりも、パート・派遣・アルバイトなどの非正規雇用中心となってきた。そのために正社員を希望しながらもしかたなくフリーターとなる若者たちが急増し、その激増ぶりに、社会にとってマイナスの存在だと考える人が多くなってきて社会問題化したのだろう。

 いずれにしても激増していることには違いなく、世間のフリーターに対する風当たりは依然、厳しい。積極的にフリーターを選択する人たちはともかく、雇用がないことが原因でやむなくフリーターとなった人たちは日本の経済社会が生み出した存在なわけだから、非難ばかりするのもおかしな話ではある。しかし、日本の将来という観点から見れば、彼らの存在はたしかに心もとなく、世間も心配でたまらないのだろう。数の多さもあるが、とくには少子化への影響が大だからだ。

 彼らの年齢が上昇してきている。十年前には二十代が中心だったフリーターが今は三十代が中心。四十代フリーターも少なくない。長引く不況で、企業の正社員雇用が減ったせいだが、こうしてフリーター男女が増えれば未婚率が上昇し、少子化の加速につながることは必至だ。

 もちろん結婚し、立派に子どもを育てているフリーター夫婦もいるかもしれないが、普通に考えれば、彼らの仕事先は期限つき、収入も不安定では、次々に仕事先を見つけるのが精一杯で、結婚して家庭を持とうとか、子どもを持とうという気にはならないだろう。

 本来なら一番稼ぎ、消費するはずの三十代、四十代の購買層が年収の低いフリーターで占められるようになると、その世代をターゲットとする商品のメーカー、例えば家電、車、住宅などをはじめとする企業の多くは、少子化と顧客の購買力低下のダブルパンチを受けることになる。将来的な売上減少は必至と言わざるを得ない。

 こうした状況に、経営者の中には、「企業は自分で自分の首を絞めている」と危機感を覚えている人もいる。新規採用を減らし、リストラを続け、非正規雇用者を労働主力とする体制にシフトしてきたこと、それはまさに「商品の売り先である顧客の年収を企業自身が引き下げてきた」という実感から来るものではないか。

 あせりだした政府が、あの手この手で雇用対策に乗り出しているが、小手先の施策でどうこうなる問題ではない。この問題にも発想の転換が必要だ。要は、どう生きるか、人の幸福をどう考えるのかが問われている。

●フリーター上流・中流・下流社会

 企業経営者や人事担当者はフリーターに対し、何を考えているのだろうか。もし今、これを読んでいるあなたが経営者なら考えてみてほしい。フリーターを一年以上続けている人間が面接に現れたとする。たいていその間、何をしてたのかと問うだろうし、飽きっぽいのか、やる気がないのでは、とさまざまな不安を抱くはずだ。

 こんな調査がある(厚生労働省「雇用管理調査」二〇〇四年)。採用の際、フリーター経験を「プラスに評価する」企業は三・六%。逆に「マイナスに評価する」企業は三〇・三%にのぼる。理由としては「根気がなくいつ辞めるかわからない」が、七〇・七%、「責任感がない」が、五一・一%となっている。

 良い悪いは別にして、こうした企業側のフリーターに対する意識は一般的なものだろう。理由は何であれ、就職活動にとって空白の時間はマイナスポイント。決してフリーター期間がプラスに捉えられることはなく、上場企業、大企業に就職はまず難しいと思ったほうがいい。

 一方、ひと口にフリーターと言ってもその中身は実に多種多様だ。かつ一般社会と同じくそこには厳然たるヒエラルキーも存在する実力社会だ。今、流行りの言葉で言えば、上流、中流、下流の社会と言っていい。

 例えば上流は、東大卒など高学歴、上場企業でのキャリア、MBAなどの難関と言われる資格を持つなどの、将来、大企業への就職もあながち夢ではない人、もしくは自分がそういう立場のフリーターだと思っている人たちだ。

 本来、自信もプライドもあるだけに、今のフリーターという状況を次のステップヘの充電期、勉強期だと考えようとしている。甘いな、と思える部分もあるが、実際、チャンスさえあれば即戦力となり、優秀な社員となる能力を備えた人もいないわけではない。

 ところが、だ。だからと言って大企業がこの層の中途採用を積極的に進めているかと言えばそんなことはまったくない。高学歴も輝かしいキャリアも、企業の採用担当者にはかえって敬遠される原因ともなりかねないのがこのご時世というものだ。

 次に中流は、新卒、第二新卒と言われる社会人経験二年未満の十代~二十代の若者のことであり、卒業時に正社員を希望しながらも、たまたま企業の正社員募集が少なかった年度にあたったばかりに就職できなかった層だ。

 まったく就職経験がないということは、研修などに時間も経費もかかる半面、採用するほうにとっては従順で教育しやすく歓迎される面もある。へたに他の企業での社員経験があると、前の会社と比べて不満が出たり、他の従業員への影響も懸念される。パートや派遣で採用するなら即戦力が条件だが、こと正社員となれば、まっさらの素直な社員を採りたいと考える会社はまだまだ多い。

 最後に、フリーター下流は誰かと言えば、せっかく正社員として働いていたのにリストラにあってフリーターとならざるを得なかった人たち、あるいは自由に働きたい、夢を追いたいと、自ら進んでフリーターとなり、そのまま何年もフリーター生活を続けている「真性フリーター」のことである。

 彼らがある日、フリーターを脱却しようとしてもこれは難しい。三十代、四十代でリストラされた人は前職との年収のギャップで就職先をなかなか決められず、雇う側の企業としても、リストラ組は年齢的に厳しく、何か際立ったアピール点でもない限り、中途採用の道を用意できない。ましてや、何年も長期間フリーターを続けてきた若者が、企業の正社員として雇用される例はめったにお目にかかれない。

 同じフリーターといえども、これらの三つのグループでは目指しているものや、フリーターとしての思い、悩みも違う。前者は自分のプライドを満足させたいために、いい企業にできるだけ高く自分を売りたいし、後者になるほど中小零細でもいいからとにかく安定的な仕事に就きたいと思う傾向がある。

 しかし、私から言わせればどちらも同じようなものだ。結局は、フリーターを抜け出すには「就職しかない」と、サラリーマンを夢想してもがいている輩に過ぎない。圧倒的にまだまだ会社員の数が多いと言えばそうなのだろう。だが、これでは若者に、人生は正社員かフリーター、あるいはニートという生き方しかないような錯覚をおぼえさせてしまう。正社員の座席数は限られているし、ますます縮小する一方だ。そんな比較は結果として絶望という深みに彼らを陥れるだけだ。

 なぜ、こんな時代でありながらも、猫も杓子も正社員を目指すのか、あるいは目指させようとするのか、私は理解に苦しむ。景気が良くなって、大卒、高卒どちらも正規雇用求人数が上がってきたとしても、それは新卒または第二新卒という希少価値のある人たちまでの話。これから先も、企業が中途採用を増やし、真性フリーターにまで門戸を広く開く可能性は限りなく低い。

 それでなくても企業は今、正規雇用を減らす一方だ。主力労働はパート、派遣などでまかない、たとえ正社員を雇用するとしてもほとんど新卒者のみに限っている。それにもかかわらずフリーターは企業の求人に大挙として群がり、そして、不採用の通知を受け取ってはゴミ箱に投げ捨てる。これの繰り返しだ。いい加減イヤにならないか。

 それなら、自分でやってみればいい。このままではいつまで待ってもフリーターから抜け出せることなどないと、もう気づいたらどうか。格差社会はとっくに始まっている。フリーターが結果として勝ち組になる、いやせめてまともな収入を稼ごうとしたら、チャンスはもう起業しかない、自分でビジネスをするしかないのだ。

●貧しいから、商売するのだ

 人はよく誤解をしているのだが、経営者は「エリート」や「優秀な人間」がなるものと思っているならそれは間違いだ。学歴も資格も特技もない、もしくは辛抱もできない、協調性もないといった人間は会社という形態で働くのは難しい。雇われて働く能力がないということなのだから。

 ならば、単独ででも何か商売するしかないし、自分で経営をするしかないわけだ。生活保護のお世話になりたくないならばね。その意味で、すでに経営者になられている皆さんはそこで頑張るしかないとも言える。

 「起業って、勝手にやってもいいんでしょうか」、素人によく聞かれる質問だ。「そんな、起業なんて。自分はまだまだで」、首を横に振りながら、こう後ずさりされる。なぜそれほど商売をすることが特別なことだと思うのだろう。サラリーマンが世の中に増えすぎたせいだろうが、どこも雇ってくれないなら、自分でやってみる、というのは昔からある極めて自然な発想だ。

 幻の正社員生活に憧れ続けるのはもうやめろ。今の世の中、正社員とて万全の地位ではないことはもうわかっているだろう。もし幸運にも企業に就職できたとしても、薔薇色の人生があるわけではない。この時代、企業も苦しいところが多い。正社員でもフリーターと変わらないほど待遇が悪い会社もあれば、サービス残業、休日出勤で過労死させられるほどの厳しい職場もある。そこでも突然のリストラでいきなりフリーターになることなど、珍しくもない。

 フリーターでも、正社員でも、先に何が待っているかはわからないということだ。だったら、同じ必死で働くのなら、自分で事業を興してみればいい。

 どうせ不安定なら、就職というそんな小さな目標にかじりついて貴重な時間を無駄にするより、起業に挑戦したほうがどれだけ現実的であることか。しかも早い。

 「なんちゃって起業」でも、「とりあえず起業」でもいいではないか。正社員になることだけが夢なんて馬鹿げている。就職だけが労働ではない。もう後がないフリーターがやってやると覚悟を決めれば、成功する確率は高いと断言できる。

 自分にやれるかだと? これ以上の下流はないと腹をくくった人間ほど強いものはないのだ。奇跡的な確率の就職活動を続けてこのままジリ貧になるか、一か八か勝負してみるか、そんな選択の岐路に今いると思えば、迷い続けている暇はもうない。

 就職がダメなら起業でもしてみたら、と無責任に言っているのではない。私は、実のところ、一番経営者に近いところにいるのはフリーターではないかと思っている。その根拠は何か。彼らの危機感であり、絶望感だ。このままではダメだという恐怖感でもある。

 現状を何とかしないといけない、この状況を脱するなら何でもやる、という追い詰められた者しか持ち得ない勢い、そして、仮に起業して失敗してもまたフリーターに戻ればいいだけだという開き直りに、私は大いに期待しているのだ。

 棒に振るキャリアもプライドもないほうがいい。捨てるものがないぼうが、何でもできる。あれもある、これもあるという恵まれた人間が、「これしかない」と追い詰められた者の捨て身の底力には到底かなうはずがないのである。

 就職できないのは高望みをするからだと言う人もいるが、ここしばらくは本当にまともな就職先がない状態が続いている。努力してもどうにもならない現実があること--それはこれから何十年と人生を過ごしていかないといけない若者にとっては、想像を絶する不安と絶望だろう。

 学校を卒業してもろくな就職先がないという時代が来るなど、高度成長期に青春時代を過ごした人間には想像もできなかった。今の若者たちは未曾有(みぞう)の厳しい経験をしている。それゆえにそんなフリーターたちの底力は計り知れない。挫折知らずの人生よりも、逆境を乗り越えてきた人間こそが大いなる成果を出すのと同じことだ。

●東大出は経営者になるな

 ここまではフリーターを中心に経営を再考してきたが、ここからは経営者とは何か、を考えてみたい。

 私は「経営はおもしろい」と起業を勧めてきたが、実際問題、社長ばかりがいても会社は動かない。雇う者がいて雇われる者がいるからこそ企業が企業として存在している。わかりきったことだが、経営者とサラリーマンは会社の両輪なのだ。

 現在日本には六百万ほどの会社があって、それに近い数の社長がいる。かたやサラリーマン男女はどれくらいいるのかと言うと、合わせて五千二百万人ほど。ザッと社長の八~九倍だが、一体誰が経営者になり、誰がサラリーマンになるのか。大企業の社長と中小企業のオーナー社長とでは少し話が違うので、ここでは中小企業の経営者について話を進めていく。

 なまじ知識があり、学歴がある頭でっかちの人は、経営者として失敗することが多い。大企業のサラリーマン社長ならともかく、中小企業のオーナー社長は、知識ばかりがあっても邪魔なだけだということは、再三繰り返し言ってきた。

 現在、中小企業の経営者には大きく分けて二つのパターンがある。一つは自分で起業した創業社長。もう一つは親の跡を継いだ二代目あるいは三代目社長である。

 創業社長は自分の意思で経営者となっているケースがほとんどだが、跡継ぎ社長である二代目、三代目の場合、自分の意思ではなく、なかば強制的に経営者にされたケースも少なくない。いずれの場合も、自分が経営者として向いているかどうかを吟味して決断した上で社長になった人はそれほどおられないのではないだろうか。

 経営者になるための資質とは何か。本来、学歴を持つ優秀な人間が経営者になるのが望ましいのか、下積みを重ねたたたき上げの苦労人こそ経営者としてふさわしいのか、さまざまな意見、考え方があるだろう。

 しかし、これまでに数え切れないほど経営者に会ってきた経験からひとつだけ私が言えることがある。それは、「アホな人間ほど経営者に向いている」ということだ。

 賢いから、物知りだからではなく、むしろ「自分はアホだ」と思う人こそが起業しろ、と言いたい。これは、逆の「賢い者ほど経営に失敗する」という言葉に通じる考え方だ。

 責任も儲けも、いいことも悪いこともすべて自分の肩にかかってくる経営者だからこそ、果たして自分は本当に経営者に向くのか、それとも会社という大きな組織の中でこそ力を発揮する、縁の下の力持ち的サラリーマンに向いているのか、そこを早い時点で見極めておくことが必要だ。

 そのためには学生時代からいろいろなアルバイトを通じて、組織の論理や会社における人間関係を体験していくのは大切なことだ。もう就職している人は、企業で働きながら、自分はどちらのタイプの人間なのかをじっくりと考えればいい。

 いつかは起業したいと思っていても、案外サラリーマンで出世する人間かもしれない。それなら出世レースに参加し、サラリーマン社長を目指し、役員手当や退職金をがっぽりいただいて引退、安定した老後を送るのも悪くない。

 何も経営者ばかりが成功者ではない。迷うなら、自分の能力がどこにあるか、性格は経営者とサラリーマンどっちに向いているのか、急いで起業する前に一度じっくり検討するのも大切なことだろう。アルバイトでも就職でもいい。経営者になる前に一度組織で働いてみてから起業しても決して遅くはない。

 ただし、一度起業すると決めたら実行は早いほうがいい。サラリーマンをしながらとか、お金がたまってからとか、あと何年後にとか言っているのなら起業はあきらめることだ。そんな悠長な経営者の将来はたかが知れている。

●商売のヒントは現場に落ちている【フリーターから社長になった①】

 ここから紹介するのは、起業に成功した例である。実際にフリーターから起業した例は少なくない。家賃も下がり、一円から株式会社を作れるなど、起業しやすい環境が整ってきたことも要因かもしれないが、なんと言っても牽引(けんいん)になるのは、フリーター本人たちの「焦り」と「せっぱ詰まった」気持ちに他ならない。

 彼らの共通点は、フリーター時代のアルバイト生活やふだんの生活の中で得られる、ちょっとしたひらめきやヒントを目ざとくキャッチして行動に移したことだ。次の、私が知るフリーターから起業して商売を成功させた若者の事例の中にもそれは見られる。

 Mさんは二年のフリーター経験を持つ。地方の私立大学を卒業し、いったんマスコミ業界を目指したが就職活動に失敗し、生活のためにアルバイトをしながらの就職浪人を決意。時給八百五十円でコンビニと居酒屋のバイトをかけもちした。一日に十時間働いてひと月二十万円ちょっとだったが、一人暮らしならなんとか暮らせる額なので、とくに不自由もなかった。

 その間、マスコミヘの中途採用の道を模索した。卒業して二年経ち、さすがに焦ってきたとき、彼はもうマスコミにこだわらず、新聞の求人欄を見て何社か応募した。だが、結果は全滅。面接すら受けられず、就職先は決まらなかった。

 このままでは一生フリーター生活--Mさんは慄然(りつぜん)とした。今のフリーターの収入では結婚も将来の生活も想像できない。四十歳になっても五十歳になってもコンビニで働きつづけるのか、いや、それ以前に働き口は一生あるのか、と。

 今のうちになんとかしなくては、そう考えた彼は、突然就職をあきらめる。そして父親に頭を下げ、二百万円借金して飲食店を始めた。バイト先の居酒屋で接客業を経験した二年間で、商売は自分に向いていると直感していたからだ。

 調理担当には、レストランで働いていた高校時代の友人を連れてきた。二人で昼夜を問わず働きづめに働いた。メニュー作りから下ごしらえ、ウェイターに掃除係まで何でもこなした。その結果、有機野菜を使った健康的なメニューが女性客に受けて店は繁盛、一年ちょっとで借金は完済、今は二店目の開店準備をしている。

 Mさんは、「就職せずに、自分で経営する」そう決めたら、何かが吹っ切れたように働く気が起きた、と言う。何社も落ちた原因を「フリーターだったからでしょ」とも語った。

 企業は、フリーターという働き方に価値を見出さない。バイトで培う経験や技術より、組織に向いていないのでは、向上心がないのでは、またすぐ辞めるかもしれない、などとひたすらマイナス査定に入るからだ。それなら中途採用など募集するな、はじめからフリーターお断りと書け、と思うのだが、多くの企業の採用担当者にはフリーター蔑視(べっし)の傾向があるのが現実だ。

 だが、こうしてMさんの具体的な話を聞く限り、彼の経営には商売に欠かせない創意工夫がいたるところに見られる。例えば、彼の店からは野菜クズがまったく出ない。仕入れた野菜の葉っぱから根まで、捨てるところがないくらいすべてをメニューに生かす。大根はサラダと煮物に使い、葉の部分は味噌汁の具にする。残った分は別の日のメニューのために干し大根にしておく。

 ちょっとした点を工夫しただけ、と彼は謙遜(けんそん)するが、材料を一〇〇%使い切ることに徹したコスト削減は小さくない。飲食店の原価は三〇%以内に抑えることが大原則だ。できれば二〇%以内を目指したい。有機野菜をウリとした彼の店ではそのままでいくと三五%にもなり、このままでは、全然儲からないという勘定になる。

 どうしたら三〇%以内に抑えられるか、悩みつづけた問いへの解決のヒントは彼の頭の中にあった。それは居酒屋でバイトをしていた時に調理場で見た風景だった。

 「その店では全部捨ててたんです、野菜の外側の葉っぱや根っこの部分を。生ゴミが毎日ゴミ袋にいっぱいになって、もったいないなあと。僕は自炊してましたから、あそこは味噌汁に使える、これはキンピラになる、って思いながら捨ててましてね」

 先ほどの三〇%という原価は、捨てる野菜も全部含めた数字だ。捨てるものも「材料費」という費用であり、使わず捨てれば捨てる部分が多いほど利益率を下げる。材料を全部使い切る工夫によって、割高の有機野菜を使っていても原価率を抑えることに成功し、利益率が上がった。

 他にも、バイト先での経験が今の経営の役に立ったと彼は言う。とくに人の使い方だ。「自分があちこちでバイト要員として使われてきましたからね。人を雇うことや、いい仕事をしてもらうには何が大事か、どんなことがスタッフのモチベーションを上げるのかを身をもって経験してきたと思います。頑張る人が報われる職場にしたかった。たとえバイトでも、仕事への取り組みを公正に判断されれば、よし、頑張ろうという気持ちで働ける。僕がそうだったから」

 彼が経営者として成功したポイントは二つある。一つは、早い時点で就職という形にこだわらなくなったこと。正社員として就職するために何年も費やすのはもったいない、という割り切りだ。このままでは、という危機感を強く持ったことももちろん現状打破にプラスに働いた。

 もう一つは、フリーター時代に働きながら現場で得たさまざまな知識や知恵、アイデアを蓄積していたことだ。その時は無意識だったかもしれないが、つねに経営の視点で現場をながめていたMさんはもともと経営者としての資質を備えていたと言える。

●やってきた話には乗れ【フリーターから社長になった②】

 Fさんは、高校を卒業して印刷会社に勤めていたが、仕事がおもしろくなく、休みがちでクビになってしまった。それ以来、親戚の建設会社で軽作業のアルバイトをつづけていたが、時給も安く、これではいつまでたっても一人暮らしもできない。これから先、どうしようと考えていた。

 そんな時、ひょんなところから壁紙を張る仕事をしてみないかと声をかけられた。仕事の大半は賃貸マンションの退去後のリフォーム現場での、壁紙の張替え作業。いわゆる請負で仕事をする「ひとり親方」だが、まだ二十一歳。自分ひとりでやれるのかと不安も大きかったが、思い切ってアルバイトを辞め、やってみることにした。

 最初の一年間はほとんど休みを取らず必死に働いた。慣れるにしたがって技術が身につき仕事が早くなった。何より、働いた分だけ自分の儲けになる。フリーターの頃には考えられないような収入を手にすることができるようになった。身体はきつかったが、まかされてやる仕事は楽しく、請負という形態にやりがいを感じ始めてもいた。

 ある時、転機が訪れた。年の瀬も押し詰まった十二月末のある日、いつものようにある賃貸マンションの一室で壁紙の張替え作業をしていた。その時、フローリングの床に傷があることに気がついた。タンスでも引きずったのだろうか、けっこう目立つ。たまたま現場を見に来た大家にそのことを言うと、大家はすぐに携帯電話で管理会社に連絡を取った。しかし、年末で業者がつかまらないと言う。

 Fさんは以前、親戚の建設会社でアルバイトをしていた時、職人たちが床の修理をするのを見ていたので、やり方は知っていた。
 「よかったら、うちで修理しましょうか」
そう申し出ると、ぜひ頼むと大家は喜んだ。年明けすぐに新しい入居者が引っ越してくると言う。

 大家にはそれ以来、気に入られ、そこのマンションでリフォームがある時は必ず呼ばれるようになった。そこでFさんは、仕事のメニューを作った。「リフォームに関することなら何でも引き受けます」と書いたチラシを作ったのだ。壁紙の張替えはもちろん、他にも壁塗り、床補修、室内クリーニングまでメニューに入れ、「大家さんの便利屋」と銘打って営業にまわった。

 通常は何か補修があれば管理会社が取引業者を手配する。しかし、そこには管理会社の手数料が乗るので割高になる。Fさんなら直接依頼で安上がりになるため、契約先は順調に増えていった。

 それからは以前の仕事仲間に声をかけ、いつでも助っ人が確保できるようにした。難しい壁塗りなど、技術が必要な作業が発生したら頼める職人も確保した。小回りがきく、と重宝がられた。

 その一方、お前のせいで仕事が減った、と他の業者から脅しをかけられたこともある。だが、簡単には引き下がらなかった。体を張って仕事場を守った。

 「内心は怖かったんですよ(笑)。でも、あの低収入で不安定なフリーター生活に戻るのは絶対にイヤだという思いがあったから頑張れた。自分でも根性あったと思います」

 笑顔でこう語るFさん。その後は、アルバイトも雇うくらいの忙しさになったことから、有限会社を立ち上げ、会社組織にした。今後は大掛かりなリフォームも請け負えるよう、建設業の許可を受けたいと考えている。

 「やはり充実感や達成感がアルバイトの時と違う。毎日同じ仕事を言われるままにするのではなく、自分で計画し、自分で行動し、そしてそれが売上という結果に直結する。こんな働き方もあったんだ、と独立できたことに感謝しています」

 アルバイトの身分だったから、フリーターだったから起業ができた。Fさんが会社員だったら、こんな声はかからなかっただろうし、誘われたとしても一蹴(いっしゅう)しただろう。そして一介のサラリーマンとして安月給取りで終わったかもしれない。

 勝負心を持っていれば、独立のチャンスは必ずやって来る。最初から大きなことを考えなくても、チャンスが来た時、まずは引き受けてひとりで始めてみる勇気を持つことだ。そこから何かが生まれる。

 きっかけもいつ出会うか、どこに転がっているか誰にもわからない。どんな仕事でも精一杯やっていれば、いつか必ず転機が訪れる。

●会社員には絶対なりたくない【フリーターから社長になった③】

 Cさんは、珍しく、フリーターからいきなり社長を目指していた女性だ。いつかは起業と、短大卒業後、数々のバイトをしながら、さまざまな業界をのぞいてきた。キャッチセールス、歩合制訪問販売営業ウーマン、パーティーコンパ二オン、ガソリンスタンドのバイト。しかし、これ、と感じるものは見つからないまま数年が過ぎた。

 毎日の食事にも事欠く貧乏も経験したが、決して就職しようとは思わなかったと語る。「会社員には何の魅力も感じなかったんです。フリーター生活はきつかったけれど、それだけに、自分の生活を自分でマネジメントしているという自負もあったし、その過酷さで少々のことにはめげない根性も手に入れました。だって、あと千円で十日生きていかなきゃって時、いつ、何を、どう食べるか。また、どうやって短期バイトを切らさず見つけるかっていつも必死だったですから(笑)。そんなギリギリの生活を乗り切ってきたのに、今さら生ぬるい会社員なんて、次は社長じゃなきゃフリーター辞める意味がない、という思いはありましたね」

 しかし、いくら強い思いがあっても、社長になるチャンスがそんなに転がっているわけではない。バイト、バイトで食いつなぐ日々が続く。

 やがて、Cさんは何も変わらない毎日の閉塞感にたまらなくなり、なけなしのお金をすべてはたいて海外へ放浪の旅に出る。そこで出会ったのが各国のお酒とチーズだ。中でも当時はまだ日本にあまり輸入されていないフレッシュタイプのチーズの味に感動し、何とかこの食材が日本で売れないかと考えた。

 帰国後、トラック運転手などの稼ぎのいいバイトで資金を貯め、小さな「チーズ・バー」を開店した。同様に海外で見つけたワインや日本では珍しい女性向けの酒類も輸入し、チーズと一緒に提供すると、店は繁盛した。チーズ・バーというコンセプトが珍しかったのだ。

 だが、フレッシュタイプチーズの輸入・保管は難しく、その後、店は閉店。今は、雑貨輸入会社を経営し、各国の珍しい文房具を全国の雑貨店に卸す仕事をしている。国内では手に入らないユニークな商材の物色、輸入まで自分で手がけるため、センスや判断力が問われる仕事だ。Cさんはそれがまた楽しくて、といった顔。

 「会社員で安定した生活を望む人も多いですが、たった一度の人生なんだから、死ぬ時に、ああ、楽しかった! って、死にたいじゃないですか。そのためには人に自分の人生を左右されたくない、あれこれ指図されたくないという思いが強かった。だからずっとフリーターだったし、今は経営者をやっている。自分で自分のすべてをコーディネートできるんですから、どんなにしんどくてもしかたないです。でも、楽な人生がいい人は会社員のほうが向いてるかも」

 Cさんの笑顔は、経営者の醍醐味を楽しんでいる喜びであふれている。挫折や苦労もみんな勉強、とやりがいに変えられる人は経営者向きだと言える。したいことしかしたくない、目標のためには何でもやるというバイタリティは、最近むしろ女性に多く見られる。カッコばかりつけた甘ったれ野郎どもに見習わせたい成功事例だ。

●失敗はしろ。ただし、若いうちに「フリーターから社長になった④」

 Dさんは高校卒業後、就職せずに、フリーターとしての二年聞を過ごした。「就職しなくてもバイトで食べていけるなら、そのほうが自由でいられると思ったんです、その時は。後で痛い目に遭うとも知らないで(笑)」

 月に何日間か建設現場でバイトをしながら、小遣いを稼いではパチンコでヒマをつぶした。親元で暮らしていたから生活費も必要なく、その収入だけで遊んで暮らすことができた。同じような生活をしている友人も多かったと言う。

 そんな自由な青春を謳歌(おうか)していたDさんに、ある日ショックなことが起きた。高校時代から交際していた彼女が離れていったのだ。「こんないい加減な生活をしている人とはもうつきあえない」

 このままではダメになる、そう気づいた彼は一念発起、大学進学を決意する。フリーター生活はすでに二年。このままでは就職できないとあせり始めたのだ。

 猛勉強のかいあって、二十一歳で東京の私立大学の経済学部に合格する。大学で会社経営や事業計画について学ぶ機会があり、自らも起業を目指したいと思い始めた。

 「友人に誘われて、ある起業家セミナーに行ったんです。そこで、起業って楽しそうだな、社長ってカッコいいな、って思ったんです」

 その頃から東京や大阪などの都心では、移動販売の店が増えてきていた。コーヒー、クレープやアイスクリームなど、パリやニューヨークの街角にあるような洒落(しゃれ)たショップを真似てリフォームされた販売車が人目を引いて、けっこう流行っていた。

 そこでDさんは、在学中に友人たちと三人で移動カレーショップを開店した。ランチタイムのオフィス街に車を出し、テイクアウトのみで売るのだ。

 車の改造や備品購入などにかかる資金三百万円はみんなで出し合い、足らない分はDさんの親が出資した。カレーは業務用を仕入れ、自分たちでスパイスを加え、味を変えた。その間、友人のひとりはカレーショップで二ヵ月間バイトして、接客や仕込みの方法などのノウハウを勉強した。

 そして開店。カレー専門という珍しさもあり、当初は売上も上がったが、三ヵ月もすると客足はパッタリ途切れた。元々毎日のようにカレーを食べる人は少ないし、味もプロ並みとはいかない。天候に左右されるのも難点だった。

 日に何度も場所を変え、メニューを工夫するなどして頑張ったが、経費がかさむばかり。やがて就職活動に忙しいからと、友人二人は事業から手を引いていった。

 「甘かったんですね。事業計画書で一日に何人集客し、客単価が○○円だったらこれだけ儲かるとか、原価率を抑えれば利益率が上がるとか、そういう数字はちやんと考えてたんですが、どうすれば売れつづけるのかについてはあんまり考えてなかった。恥ずかしいことに、モノを売るって難しいなと、やってみて初めて実感しました」

 親への借金だけを残して、Dさんの事業計画は頓挫(とんざ)した。一年後には二号店を出す計画が、実際は一号店を出してから一年ももたなかった。

 現在、Dさんは卒業後に就職した飲食チェーンの全国展開を手がける会社で、営業の仕事をしながら、もう一度起業するチャンスをうかがっている。

 「失敗したけど、商売の魅力もわかった。今度はもっとやれると思う。やっぱりどうしてももう一度トライしたいんです」

 よくある失敗談である。随所に甘さが目につくが、失敗は実にたくさんの大切なことを教えてくれる。逆に言えば、失敗経験のない経営者ほど怖いものはないとも言える。

 彼が自ら言及しているが、数字だけでは見えてこない、現場でしか知りえないことがたくさんあるのが経営の世界であり、商売の醍醐味だ。若いうちにそれに気づいたDさんは、今度こそ本当の経営者になれるかもしれない。何度でもトライしてほしいと思う。

 だが、Dさんはなぜ失敗したのか、どこに盲点があったのか、さらにそこを説明しておこう。

●答えはいつも「現場」にある

 ある二人の起業希望者がいた。

 Aさんは一流大学卒業で、上場企業に二年間勤めていた。勉強家の彼は起業セミナーに頻繁に出席したり、ビジネス書を丹念に読み、起業の準備にしっかり時間をかけていた。

 かたや高卒で学歴もなく、本もめったに読まないBさんは、ついひと月前に起業を思い立ち、一刻も早く会社を立ち上げたいと熱くなっている。

 さて、両者どちらが経営者として成功するのだろうか?

 私なら間違いなく、後者のBさんだと答える。どちらが自分を賢くないと思っているかが命運を分ける、この原則に尽きる。
 一流大学卒のAさんは、自分こそ頭がいいと思っているだろう。そして時間をかけて準備してきたから、この起業はきっと成功すると信じているはずだ。

 反対に、高卒で本も読まないBさんは自分が頭がいいとはこれっぽっちも思ってないだろう。何のとりえもない自分だが、何とか起業できないかと考えているはずだ。実はそこが彼の強みなのである。

 どうして、頭のいいほうが起業家として「ノー」なのかについて述べよう。

 頭のいい人は知識も豊富で想像力が豊かだから、こうすればああなる、ああすればこうなる、と頭の中でいろいろと組み立てをする。経済本やノウハウ本を読みあさり、周辺の勉強も万全だろう。会社を辞めても失業保険でしばらく食べていこうというワル知恵もある。しかし、それこそが彼の欠点なのだ。

 これまで多くの経営者たちを支援してきてわかったことだが、頭のいい人にはある共通の傾向がある。彼らの弱点と言い換えてもいいかもしれないが、それは、決して自分の足で歩かないということだ。

 よくできる人は頭の中でだけ商売を考えて、結論を出す。その過程では、様々なマーケティング理論を使い、フローチャートや参考資料を駆使した完璧な事業計画書も準備されているだろう。そこには市場の分析がビッシリと書き込まれて、完璧なまでのシミュレーションが展開され、後は何もせずともユートピアに行き着くはず、という自信が満ちている。

 だが、驚いたことに、このタイプの経営者のほとんどが市場を歩いてみることをまったくしない。自分で街にでかけ、商店を回り、客に聞く。そういう手間を極端に惜しみ、ただ机上の書類や会議室の中だけで経営を進める。それでは、商売がうまくいくはずがない。客の視点がスルリと抜け落ちているからだ。

 ではもし彼が高卒で学歴もなく、本も読まないBさんタイプの経営者だったら、どうだろう。マーケティングの本など、はなから読む気がないから、どんな商品が売れ筋なのか、実際に売れているか、何も知らない。そこでまず自分で市場を歩いてみるだろう。歩き回って、聞きまくる。事業計画書の書き方も知らず、シミュレーションもできないから、手当たり次第、周りの人間に声をかけて回る。

 「こんなことを考えているんやけど、どう思う?」
 「これって売れるやろか?」

 そしてそれが客の声として彼の頭の中にインプットされていく。
 あげくの果てには、同じ商品を売っている商売がたきの先輩にまで、

 「あのー、この商売、ほんまに儲かりますか?」
などと無邪気に聞いてしまうかもしれない。

 そんなこと聞いてカッコ悪い、なんて思わないから、どんなことでも、誰にでもドンドン聞ける。実はこれが大変な強みとなるのだ。

 商売がたきに問うて、「お前、アホか」と呆れられながらも、質問された先輩経営者は何か答えてくれるものである。意外や仕事や注文を回してくれるかもしれない。人間、愚直(ぐちょく)で真剣な者には誰もが寛容で優しいものだ。反対に、「そんなこと知ってますから」「自分のほうがうまく商売できます」、そんなおごった気持ちを隠さない人には誰も何も教えない。そういうものだ。その結果、どういうことが起きるだろうか。

 二人ともいったん起業はできるだろう。会社を作ることそのものは簡単だからだ。しかし、経営を継続させること、これはとても難しい。

 優秀なAさんは、経営がすぐに事業計画通りに進まない現実に突き当たるだろう。実地を歩いていない彼の事業計画は、ある意味妄想にすぎない。ひとつ計画が狂えばすべてが狂ってくる。すると、上がるはずの売上が上がらず、やがて資金も底をついてくる。

 だが、市場を自分で回っていないから、効果的な対処法も対案も思いつかない。いくら経済書やビジネス本を読み返しても、そんなものは実際の商売のカンフル剤になりようがない。市場を歩くことなく、現場を見ずに立てた事業計画には何の意味もない。打たれ弱いエリートのAさんには辛い日々が続くだろう。

 かたや「知識より行動」のBさんは同じことになっても、自分で市場を見てきているため、軌道修正は素早い。ただちに現場に行き、問題があれば誰にでも頭を下げて打開策を教えてもらうだろう。頭のいい人間にありがちな変なプライドがないので、現場からの情報収集もスムーズだ。あれこれ考える前にまず動くという行動パターンなので、計画通りにいかなくても焦ることもない。失敗を重ねながらもしぶとく、そして着実に経営を進めていくだろう。雑草の強みはこんな形で生かされ、実を結んでいく。

 これらの例でわかるように、商売と学校の勉強、成績はほとんど関係がない。それどころか、むしろ学歴が足を引っ張っているケースをよく見かける。頭でっかちの経営者は「あるべき論」に走ることで、知識は山ほどあっても儲ける才覚はないのだ、と考えるのが正しい見方であり、むしろ、自信がない者ほど知識や資格に頼り、理論や免許で押し切ろうとするのではないか。なまじ「弁が立つ」ために行動が伴わず、なんら裏づけのない絵空事や机上の空論を得意気にしゃべり散らしているのだ。

 そんなヒマがあったら、商品を手に取り、街へ売りに出たらどうか。口と理屈ばかりで、ちっとも自分で「売ろう」としない--これが勉強ができる「お利口さん」社長の最大の弱点である。同じく絵空事で書いた経営本など読んでいるヒマがあったら、チラシの一枚も配って来い、と言いたい。勉強でビジネスが成功するなら、大学の経営学の先生はみんな大金持ちになっている。本を捨てて街に出ろ。自ら行動する者だけが、商売人と呼べるのだ。

 私は「世間の常識」などにとらわれたことがない。つねにやりたいことをやりたいようにしてきただけだ。成功という意味にはいろいろあるだろうが、自分が望む生き方しかしたことがないという意味では私は十二分に成功したのではないか。いや、それだから成功したのかもしれない。

 人と違う生き方をする勇気を持て。自分だけの成功体験をつくること、それが一番の早道だ。

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